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2009年5月

海の山城

春は山城の季節です。

山城に登る時季は限られています。夏は暑すぎて難儀。冬は雪に閉ざされ山道が閉鎖されます。なので自然と春か秋にドバッと集中的に行くのが私の中の山城サイクルです。

で、5月です。春爛漫毎日良い天気heart04ん?でも来月はもう梅雨が始まる・・・・mist イ、イカン!山城に行かなくてはならんゾsign03

というわけで急遽計画を立てて、先週末さっそく山城に訪れました。今回セレクトした山城は福井県敦賀市にある『金ヶ崎城』です。

私の住んでる滋賀からですと、福井は鈍行で1時間くらいで行ける距離にあります。福井と言えば昨年、杣山城という城を訪れ道を間違えてエライ目にあったという(詳しくはコチラを参照のほど)記憶が新しいのですが、今回の金ヶ崎城は杣山城よりもっと海側に出た、というよりまんま海に面した山城なんでございます。

『太平記』に「金ヶ崎後攻」という段がありますが、杣山城、そして今回の金ヶ崎城はその舞台となった城です。(詳しい内容はココで)新田義貞率いる南朝軍の北陸戦線の拠点として金ヶ崎城は使用され、太平記・南北朝マニアにはたまらないお城です。しかしながら世間では金ヶ崎城っていったら太平記よりも豊臣秀吉による金ヶ崎撤退戦(詳細はココだ!)のほうがどうやら有名なようです。そりゃまぁ新田義貞より豊臣秀吉だよね、世間の評判ってやつはさgawk でもそんなの関係ねぇ!私にとっては金ヶ崎つったら『太平記』、そして新田義貞!んで新田義貞っつったら可哀想な根津甚八だ!文句があるならベルサイユでタイマン張るゼsign01

金ヶ崎城は敦賀駅から歩いて20分くらいのところにあります。観光案内所に行ったらレンタサイクルを勧められてそれで出発。敦賀は有名な観光名所が市街に集中しているので自転車で行けちゃう距離なんです。だからレンタサイクルはお勧めです。小回り効いて4時間で500円、バス乗るよりもお手軽だと思いますconfident自転車で5分くらいのところに気比神宮があったのでちょっとお参り。景気回復を祈願shine

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ほんで更に自転車で走ること5分。いよいよお目当ての金ヶ崎城に到着です。

Img_1361 登り口の左手には、司馬遼太郎『功名が辻』の金ヶ崎撤退戦時の一文がパネルになってました。

『これが世に出る関門です。耐えられぬということがありますか』だって。なんかカッコいいぞ。

ちょっと登ってすぐに神社金崎宮があります。なんか恋愛関係のお宮らしい。でも景気回復を祈願してきたbleah

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そんでもってまた更に登ります。左手に敦賀港を望みながら山道を歩きます。

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山道はきちんと整備されているので登りやすく、しかも歩いて10分かそこらですぐ本丸です。標高は100mくらいで、山城としてはとっても低いのですが、三方を海に囲まれた立地が低い標高でも高い防御機能を備えた山城として重宝されたんですね。山道の左側は全部海なんですよwave

途中、尊良親王陵墓見込地の碑が立っていました。尊良親王とは、後醍醐天皇の皇子で新田義貞の北陸侵攻の旗印として、弟の恒良親王と共に金ヶ崎城に入城したのです。しかし北朝の足利軍との合戦で大敗を喫し、金ヶ崎が落城寸前に追い込まれると兵と共に自害して果てたという悲劇の皇子様です。

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右側の写真は碑が立ってる所から撮ったのですが、このボーボーと生えてる木々を取っ払うと目の前全部海なんですね。都を遠く離れ、北陸の地で命散らした親王の心中はいかばかりであったか。せめてこの雄大な海原の風景が、親王の心を一時でも慰めてくれたのならば、と切に願うのでありました。

で、また登ること5分かそこら。ついに本丸『月見御殿』に到着です。Img_1382Img_1381

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どうですか皆さんsign01素晴らしい眺めでしょfuji 私もう感動してしまいましたよ。山城って名前の通り「山の城」ですから、今まで行った山城っていうと大体山奥の若干辺鄙なところばかりだったんでこの景色にはかなりヤラレましたhappy02海、海、海です。やっぱ海っていいな。私海無し県の出身なので海見ただけで嬉しくてしょうがないんです。この感情、海無し県の人ならわかるハズshine

Img_1377眼下は切り立った崖でこれでは攻めるのには難儀です。こういう山城の形もあるんですね。難点といえば、海原の右方面をセメント工場がドーンと場所取っていて、せっかくの美しい敦賀湾の景色が台無しです。空気読んでよ、まったくもうdash

それを抜きにしても素晴らしいロケーションを堪能して下山。Img_1391

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左の写真は金ヶ崎城の全体図なんですが、これ尾根伝いに右側に登っていくと右の写真、手筒山城にたどり着くんですね。金ヶ崎城よりもっと高いとこから見渡せる展望台があったそうですが、私それ知らなくて下山して真後ろの山を見上げて吃驚wobbly うそぉぉおsign03まだ登るとこあったのsign02しかも月見御殿からの眺めよりももっと見晴らし良さそう・・・・うゎぁぁぁやっちまったなぁ・・・・crying また来よう敦賀。

            

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それから日本名勝の1つ、『気比の松原』も自転車で10分くらいのところにあったのでここにも行ってきました。琵琶湖の眺めもいいんですが、やっぱ海見ちゃうとかなわないなぁ・・・think 海っていいなぁ、でも冬の日本海は修羅場だけどねbearing

帰りにお寿司食べて帰ってきました。日帰りで行ってこれる福井はなかなかの穴場、また遊びに行こうheart04

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おまけchick

JR敦賀駅前に建っている銅像。古代韓国の王子で日本にやってきた「ツヌガアラヒト」だそうです。敦賀市の「敦賀」という名はこの人に由来するそうです。なんつーかその・・・・なんか笑える像coldsweats01

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大河ドラマ『炎立つ』を観る -第15話-

第1部で活躍していた佐藤慶、里見浩太朗などの大物俳優が去り、第2部ではトメになんとと佐藤浩市が入ってきています。多分佐藤浩市さんは今の年齢から逆算するとこの頃はまだ30代後半だったのではないでしょうか?この年齢でトメとはなかなかのものです。メンバーも一気に顔ぶれが変わり、ちょっとだけ若返りが見られる第2部ですが、それでドラマの雰囲気が軽くなるわけでは全くなく、むしろどんどんシリアスでダークに向っていっています。それは村上弘明さんをはじめとする役者さんの演技がしっかりしているからなんですね。前回の時にちょろっと書いたのですが、清衡にしろ、家衡にしろ、結有にしろ、キャラクターの性格や行動に対してハラハラドキドキはするものの、それを演ずる役者に対して視聴者は「全く不安を覚えない」、これが最近の大河と昔の大河との大きな違いだと思います。視聴者は基本的に役者の演技に信頼を置いているので演じているキャラクターにのみ注目することが出来ます。だからドラマにも入っていきやすい。最近は役者の演技を心配してしまう事が多く、演じているキャラを見るというより、ちゃんと演技しているかをまず見る、ていうに風になっちゃってることが多い気がします。安心してドラマに入り込む』ことが出来なくなっている・・・これも大河の質の低下を招いている一因のような気がします。安心出来る大河ドラマが見たいものですね。

そんなわけで安心できる役者による、安心できないストーリー『炎立つ』第15話を見ていきましょうnote

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第15話 -亀裂-

前回、宿敵源義家(佐藤浩市)の来訪に心乱れ、会いたくないと座り込みで拒否った駄々ッ子清衡(村上弘明)は、大叔父の乙那(寺田稔)に「何馬鹿やってんの!?」と怒られしぶしぶ義家の前に連れていかれました。

義家は第13話で父頼義と共に陸奥を後にして以来、ウン十年ぶりの来訪です。その間、主に都でお勤めに励んでいたのですが、公家にゴマするのがほとほとウンザリしたようで陸奥に来られたことにご満悦です。なんとかしてまた陸奥守になりたいなぁとつぶやく横で乙那が「じゃぁお金ばら撒いてなんとかしてみましょうか?」と持ちかけると、義家も「え?いいの?マジで!」と満更でもない様子。う~ん恐るべし乙那。前九年・後三年の役の黒幕は実は吉次一族じゃなかろうか・・・・wobbly

そんでもってかつて尊敬の念を抱いていた藤原経清の息子を前にして、顔を合わせることが出来た事を素直に喜んでいるようです。暖かい言葉をかける義家に対して清衡は「別に・・・」と女王様モードで答えて場の空気が凍ります。義家は清衡の心中を察して特に怒るようなことはしません。席を外そうとする清衡に、一振りの刀を渡します。それはかつて義家が経清と男の友情の証に取り換えっこした刀でした。「これは経清殿の刀。息子であるそなたが持つべきだろう」、父の刀を託された清衡は敵だと思っていた男が実は父と心通わせていた事を知り、目を丸くするのでした。

義家が陸奥に来たのは真衡の夫婦養子の婚儀に出席するためです。前回、真衡が夫婦養子という大胆な策を思いついたことを紹介しました。その夫婦養子の養女として白羽の矢が立ったのが、岐己(きみ)と言う源頼義の娘なんですね。源頼義・・・・そう!佐藤慶、義家のお父さんです。つまり義家の妹が真衡の養女になっちゃうんです。この唐突に現れた岐己という女性。一体どこから出てきたんだ?とこれを読んでる皆様はかなりポカ~ン・・とされてることと思います。第13話で清原氏に奥州の実権を奪われちゃった頼義親子はションボリな体で奥州を後にしたのを覚えているでしょうか。その途中、常陸国の多気致幹(たけむなもと)という豪族の屋敷に逗留したんですね。致幹は前九年の役で名を挙げた源氏の威光にあやかろうと自分の娘を頼義の一夜の伽に差し出すわけです。その時こさえた子供が岐己なのです。ずっと多気の屋敷でひそかに育ててたので義家も直前になってその事実を知りました。妹の存在を聞かされて吃驚です。「マジで!だって親父あの時もう70前後だったじゃん?!」、いやはやお父さん頑張りました。高齢化社会の現代においてはなんとも勇気付けられる話ではないですか。年齢じゃないんです!要はやる気なんですcoldsweats01そんなわけで、はるばる奥州の地に来た義家は、真衡の館で初めて妹と対面します(これもスゴイ話だなcoldsweats02)。岐己(高橋ひとみ)は幸いなことにお父さん似ではなく(笑)、お母さん似でとっても可愛い妹です。義家はそんな妹に「父上にも会わせてやりたかった・・・」などととっても優しい言葉をかけて妹も「兄上様!」なんて言ってヨヨと泣き崩れます。最近ドロドロした話が続いていたのでこの兄妹の再会は一服の清涼剤のように爽やかで涙そそる良い話です。さすが愛と正義の八幡太郎義家様です。好感度上げるとこわかってますね。

真衡の館には義家をはじめ、都から続々と人が集まり、父武貞の葬儀、そして夫婦養子2人の婚儀に向けて着々と準備が整えられてきています。面白くないのは家衡(豊川悦司)や吉彦秀武(蟹江敬三)などの反対派の面々です。喪中のため表立って真衡に対抗することが出来ず、このままでは真衡の家督相続と夫婦養子で決着してしまう勢いです。まだ若い家衡はフラストレーションを溜め込みイライラしっぱなし。母の結有(古手川裕子)はそんな危なっかしい家衡を「時が来るまで辛抱しなさい」とたしなめます。豊川悦司さんはこの当時はまだ無名に近く、このドラマ出演以降名前が売れていくのですが、所謂『苦労を知らない甘ったれ我侭小僧』という雰囲気を存分に出していて、もう一目で「あ、コイツは駄目だな」と思える糞餓鬼っぷりを見事に演じています。時代を先駆けて『キレる若者』を演じるトヨエツの演技もこの第2部の見所です。

さて、奇しくも清原氏と親戚関係になろうとしている義家にとっても、夫婦養子というアイデアは理解の範疇を超えていました。血の繋がった兄弟もいるのに何故こんなことを・・・そう尋ねる義家に対し真衡は答えるのです。

「自分の代で俘囚と言われ蔑まれていた清原の血脈を断ち切りたい。」

どんなに富や権力を得ようとも所詮俘囚は俘囚でしかありません。そんな侮蔑の対象にしかなりえない自分たちの血を洗い流すには、蝦夷の縁をばっさりと断ち切り、天皇家の系譜を引く源氏と平氏を迎えることが一番良い、そう真衡は考えています。これはこれでなかなか斬新かつ考えさせられる意見です。ただこの考え方は翻せば「まつろわぬ民」と称された蝦夷の血を引く俘囚が、完全に大和朝廷に屈するということでもあります。これは大和朝廷とは一線を隔し、奥州の地に新たな国を作りたいと願っていた安倍氏や吉次一族などの思う俘囚の生き方とは全く相反する考えでもあるのです。朝廷の目の届かない周縁の地だからこそ、今まで俘囚と侮られながらも一定の「自立」を保ってこられた。果たして多くの俘囚がそれを受け入れることが出来るのだろうか・・・・義家はそんな真衡の思惑に危うさを覚えます。真衡と別れ、自室で子飼いの家臣に呟くのでした。

これは身内同士の争いになる・・・・。

義家の危惧したとおり、身内同士の争いはついに抜き差しならない状況になっていきます。婚礼の祝いにと吉彦秀武が砂金を山盛りにお盆に乗せて献上しに参りました。親族筆頭の秀武としては真衡のやり口に不満であっても、一応祝いの席なので儀礼は尽くさねばならぬと思ったのか、はたまた砂金を渡す事で自らの力を真衡に知らしめたかったのか、とにかく慇懃な態度で庭先に廻って面会する秀武。しかし真衡は縁側で知り合いの僧侶と碁にいそしんだまま、庭先で平伏する秀武を見ようとはしません。「え?何しに来たの?貴方に招待状なんて出してないよ。」的な感じで完全にガン無視する真衡の態度に、秀武はとうとうプッツンキレちゃいます。砂金を地面に叩きつけ、頭から湯気でも噴出すような憤怒の様相で帰っていきます。その様子に真衡はニンマリ。どうやら真衡にも何か思うところがあるようです。

公衆の面前で虚仮にされた秀武は怒りに怒ります。すぐさま家衡と清衡の元に向かい2人に向って「俺はもう怒った!兵を挙げるゾ!!」と宣言するのです。秀武の挙兵宣言に同じくらいイライラの溜まっていた家衡も興奮気味に賛同します。その横でどうしてよいかわからなくって目が泳いでいる清衡。はてさて一体この争乱はどう終結に向っていくのでしょうか?

chickchickchickchickchickchickchick

だいぶ更新が遅れてしまいました。申し訳ないことです。

さていよいよ次回から合戦が始まるわけですが、真衡役の萩原流行さんが良いですね。いかにも「悪い奴」って感じが出てて。このドラマはキャラの色付けにメリハリが効いていて、別に後三年の役なんて知らなくても「あ、こいつ悪い奴だな」とかがすぐにわかってある意味分かりやすい気がするんですよ。歴史は見方によって様々な捉え方が出来るので単純に「悪役」「正義の味方」みたいな図式にするのは良くないことだと思うんですけど、「悪に徹しきる」というスタンスも逆にそれはそれで潔く、カッコよいと思えることもあるんです。佐藤慶さんの源頼義なんて経清から見ればホント「悪い奴」なんですけど、迷いなく悪に徹しきっているから腹も立ちますがカッコよくも見えちゃうんですよね。こういうキャラ設定なら決してその人物を貶めているとは言わないと思うんですがどうでしょう?

「悪い奴だったけどでもホントは良い奴だった」てのももちろんいいんですけど、全部が全部そうだと逆にうっとおしいなぁ・・・なぁんて思ってしまうときもあるんです。最近って何かにつけて「実は良い人」パターンでしょ。なんか作り手が逃げてる気がするんです。批判が怖くて悪を描ききるって「強い信念」がないから、実は良い人で済まそうとしている雰囲気を感じるんですよね。カッコいい悪役ってのも素敵だと思うんだけどなぁthink

最後に1つ中世豆知識をchick

昔読んだ本に書いてあったのですが、中世という時代は『帽子の文化』dramaなんだそうです。成人男性は一般的に烏帽子を被るのが当たり前で、よっぽどのことじゃないと帽子を脱がなかったそうです。時代が下るとその規制も緩んできたみたいですが、『炎立つ』の時代は寝ているときも帽子を被っていてもOKだった模様。ドラマでも清衡が寝室で亡き父の刀を抱いて思いに耽るシーンがあったのですが、そのときの清衡の格好が寝巻着なのに烏帽子はしっかり被ってて、現代人から見るとスゴク変なんですね。でも当時の風俗的には別にOKなんだとか。所変わればなんとやらとはよく申しますが、時代の価値観というのも不思議なモンですね。しかもそんな変な格好で外に飛び出しちゃったりするからもう・・・coldsweats01 ま、でもそんな村上弘明さんも良いです。村上さんはいつだってジェントルマンです。だから何着たって私は許すゼbleah

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義風堂々な漢を知ってるかい?

私、侘助が直江兼続の存在を知ったのはかの名作『花の慶次』からでございます。私は大学で中世を専攻していたのですが、実はそのキッカケとなったのもこの漫画なのです。(正確にいうと、この漫画で隆慶一郎氏の存在を知り、そのすぐ後に隆氏の『影武者徳川家康』を読んで中世にハマッたのですが、まぁでも全てのスタートは『花の慶次』からと言っても過言じゃないです)

『花の慶次』は御存知、前田利家の甥、天下無双の傾奇者前田慶次が主役の痛快戦国物語です。兼続はそうそう頻繁に出てくるわけではなかったのですが、兼続自体が漫画に登場するなどそれまではほぼ皆無だったので、おそらく多くの人は直江兼続っつったら『花の慶次』を思い浮かべるのではないでしょうか。

さてその『花の慶次』ですが、大河ドラマ「天地人」に便乗してなんと直江兼続主役の続編が連載される事になったのです!それがこれダdown

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残念ながら原哲夫先生は今回原作に回り、作画は武村勇治先生が担当する事に・・・。原先生の圧巻の劇画を楽しみにしておられた方々はいささか残念なことですが、しかぁし!その中身は、本家本元の「天地人」に反比例してワクワクドキドキの中々スリリングな展開になってきて私の中で俄然注目度が上がってきています。

ちょっと・・・というかかなりネタばらししちゃうんですけど、でも名前出すのはアレなんで「天地人」の役者さんで言わせてもらうとですね・・・・・

「妻夫木聡は阿部寛の子供だった」

てのが話の鍵になっとるわけですよ。

え?なんですって?

んなアホな!ふざけんな!馬鹿にしとる!・・・・・ハハハハ、これはしたり(笑)

お怒りの方々の心中も察するに余りありますが、これこそエンターテイメント時代劇の妙」ではありませんか?もともと『花の慶次』の原作者隆慶一郎氏の時代小説は司馬遼太郎のような史実を元にした歴史小説というよりは山田風太郎のようなフィクションをふんだんに織り込みながら娯楽性を重視する伝奇小説の風合いが強いです。『花の慶次』の原作「一夢庵風流記」もそうですし、「影武者徳川家康」なんて関ヶ原で本物は死んじゃって影武者が頑張る話なんですから。「ブッキ-が阿部寛の子供」てのも実は俗説としては世に出回っているんです。まぁ俗説も俗説、信憑性は全くありませんから都市伝説のようなものでしょう。しかし漫画もドラマも娯楽ですからそういう俗説を用いたとて非難される筋合いはありません。大事なことはそのフィクションを用いる事で「作品で何を伝えたいのか」という事だと思います。「天地人」で言えば、初音というオリキャラを出す事でドラマでどういう役割を担わせたいのか、それを明確にしないと「史実」という制約がある歴史ドラマではたちまちそのフィクションが浮いた存在になってしまいます。史実に絡ませられるような「リアリティのあるフィクション」というのが重要なんですね。

本作はこの「ブッキ-=阿部ちゃんの子供」説を作品の重要なキーポイントとして使用しています。上杉謙信が生涯不犯を唱え、毘沙門天の化身として自らを神格化させたのは、当時の越後における自立した国人領主層の掌握が目的であったとしています。戦国時代は国人領主がそこかしこにはびこっていました。「風林火山」では相木市兵衛とか平賀源心とかがそうですし、越後だと有名なのが阿賀北(揚北)衆ですね。こういう人たちは強い勢力に付いたり離れたりを繰り返して自分達の土地を守っていました。で、国内統一をめざそうとする者としては、各地に根を張る国人領主をどう自分の勢力下に取り込んでいくかが至上命題になるんですね。信玄もそれで苦労したようですし、私の故郷の長野なんかは逆に飛びぬけて強い領主勢力がなかったため、各地で小規模な国人領主が好き勝手やってるうちに外部勢力が侵入してきちゃった(←所謂武田軍による諏訪攻めなどですね)という顛末です。そんな中、謙信はその国人領主勢力を取り込むため自分を神の位まで高めます。このカリスマ性が越後をまとめる原動力になっていました。でもそんな神に等しい人が子供をこさえていたなんてことになったら・・・・・coldsweats02謙信の神性は地に落ち、たちまち上杉家は崩壊していってしまいます。上杉としてはなんとしても隠さなくてはならない秘密であり、逆に上杉家の崩壊を企む奴らにしてみれば、この秘事は上杉潰しの格好の材料になるわけです。

この秘中の秘とも言える上杉家最高機密を巡り、水面下の心理戦が繰り広げられるのです。上杉を潰そうとする織田信長、その上杉を守ろうとする謙信、直江景綱など・・・その中で宿命の子、樋口与六はどういう生き方を選んでいくのか・・・・突飛なフィクションが非常に良いスパイスとなって物語を引っ張っていっているんですね。かといって作中の雰囲気は決して暗くはなく、直江兼続の爽やかな男っぷりと要所要所で繰り広げられる原哲夫先生御得意の「漢の生き様」がキラリと光り、読了は爽快感を覚えるほどですshine

あとですね、この漫画ではちゃんと「義」の定義を明確にしてるんですね。「天地人」は義、義と連呼はするものの義がどういうことなのか全くわからないことで定評がありますが(笑)、その点「義風堂々」はきちんと定義しています。曰く・・・

-義という字は「羊」に「我」と書く。「羊」は「美」の語源であり、つまり我を美しくするということである。すなわち義とは「己にとって美しく生きる」ということである-

というのです。これは『花の慶次』でも同じような定義をしているわけですが、この定義を鑑みてみると、兼続が直江状を書いた経緯もなんとなくわかるような気がしますね。秀吉死後、家康は天下取りのために各地の有力大名を取り込み、なびかなければ難癖つけて合戦の糸口を見つけようと躍起になっていました。家康にとってはこの機が千載一遇のチャンスですからそりゃもうなりふりかまっちゃいられなかったのでしょう。でも兼続からして見ればそういう家康のやり口を「美しくない」と判断したんでしょうね。長いものに巻かれるより、例え家を滅ぼしてでも己の意地を通したい・・・兼続ひいては上杉家はそこに「己の美」を見出したのかもしれません。その決断は大変爽やかで胸のすくものですが、その美しさこそが兼続の「器量の限界」であったとも言えるのです。美しいだけじゃ勝てない・・・う~ん人生って無常だなぁweep

コミックスは現在2巻まで出ています。本誌ではこの前お船様が登場しました。このお船様が中々可愛らしくって凛々しくって侘助的にはツボなんですよheart04常盤お船の本来あるべき姿がここにありましたね。あと景虎の濃すぎるキャラにコンビニで腰を抜かしそうになりました。毎週金曜が楽しみでたまりません。

大河ドラマの「天地人」にイマイチ熱くなれないそこのアナタ!ちょいと色眼鏡を外してみて、この『義風堂々』食してみてはいかがでしょうhappy02

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色々大河 -「太平記」泥沼化-

「太平記」もいよいよ観応の擾乱に向けてラストスパートです。

観応の擾乱はまぁ言ってみれば、日本国中を巻き込んだ足利尊氏と弟、直義の壮絶な兄弟喧嘩です。中世の軍記物語と言えば、「平家物語」と「太平記」が有名ですが、「平家物語」が平氏の滅亡で無常観とともに上手く完結したのに対し、「太平記」は鎌倉幕府滅亡で完結にしとけばエンディングはそれなりに絞まったでしょうが、その後の北朝VS南朝とか観応の擾乱とかイマイチビシッと終結に向かえない、グダグダ小競り合いが収まらない状態に長く頁数を割いてしまったため、なんとか足利義満の時代に天下泰平がなったとか言ってムリクリ完結させた感があり、大学時代に読んだ時は「平家」の方が完成度高かったな、などと思ったものです。

で大河ドラマ「太平記」。

久しぶりに見たら不運の悲将新田義貞があっけなく死んでしまったぁ!ヾ(.;.;゚Д゚)ノ沼田に足をとられてるうちに矢を射掛けられて死んだだとぅ?帝の手紙を口に加えてダラーと手紙を垂れ流してバッタリ倒れちまった!!な、なんかもうちょっとさぁ・・・もうちょっとだけさぁ、カッコよくしても罰は当たらないんじゃない?恋人の匂当内侍が義貞の晒された首見て物陰で泣いて、悲しみのあまりそのまま尼になるとかいうエピソードあるんだけど、なんでもいいからそういうの入れて欲しかったなぁ(;ω;)あれじゃ可哀想だよ。

帝が死んだぁ!!南朝方の反乱が収拾つかなくなって更に激化したぁ!脇屋義助(石原良純)も死んだぁ!楠木正行(正成の子)も出てきてすぐ死んだぁ!どうすんだ南朝??

直義方と尊氏方の対立深刻化。政治の実権を尊氏から任された直義は足利一門衆と元鎌倉御家人で幕閣を固めて鎌倉幕府をお手本に室町幕府を作ろうとするのだけど、尊氏方の高師直・師泰兄弟や佐々木道誉の外様衆は大反発。新しい時代が来ると思ったのに蓋を開けたら鎌倉幕府と同じってどういうことか!!てわけで。皆フラストレーション溜まってあちこちで狼藉働いたりして直義方を困らせる。処罰しようとすると尊氏が感情的になって「そりゃちょっと厳しくない?」って庇うからますます混迷。でも尊氏の言い分より直義の言い分の方が100万倍正論な気がする。

登子ブラック化キタ━━━ヽ(゚∀゚)ノ 私のお気に入り沢口登子姫がついに毒を吐いたゾ!藤夜叉(宮沢りえ)が産んだ尊氏の子、直冬(筒井道隆)を直義が養子にしてからイライラが溜まり、ついにお姑さんの寿慶尼もとい足利清子(藤村志保)に嫌味を言っちゃったりなんかしておぉぉぉお修羅場、修羅場(◎´∀`)ノと中々楽しんで見てました。沢口靖子さんの可愛らしいイメージからこんな暗い役が思いつかなかったもんで。でもしょうがないよね、政治の実権は全部弟の直義に譲っちゃってるのでこれがそのまま養子の直冬が跡を継ぐとじゃぁ登子の子の義詮はどうなるの?となるからそりゃ不満も溜まりますわい。でもまぁ最後はお姑さんと仲直りしてよかったよかった(o^-^o)つーか結局尊氏が悪いわ全部。

高師直エロテロ化キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!柄本明の高師直がちょっとオカシクなってきました。もともと何考えてるのかわからない人だったけど、でも尊氏の片腕としてドラマ前半ではかなり有能な人物でしたが、直義が実権握ってからは事あるごとに直義と対立。段々ふてくされて女色に溺れるようになっちゃいました。人妻にストーカーしたり、風呂覗いちゃったりとエロテロリスト化がハンパないっす。また柄本明のイッちゃってる演技が上手いんだなこれが。あと兄貴の師泰を塩見三省が演じているのだけど、いつのまにかドラマに出てくるようになった。で、何故か兄なのに弟の師直の方が偉い。どゆこと?

佐々木道誉がグレた━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!師直と同じく直義達が実権握ってるのが気に入らないらしく、ストレス溜まり気味。ある日、お寺の坊主にいちゃモンつけた挙げ句、寺に火つけちゃったw(゚o゚)w 「夜の校舎窓ガラス壊してまわった この時代からの卒業」みたいな尾崎豊風に苛立って尊氏にも本音を吐露します。「わしはアンタ(尊氏のこと)が好きだったから味方したんだ!」ってそうだったのΣ(゚д゚;)知らんかったよ。あ、だから尊氏がちょっと天然系でも許せたのね。あと個人的に気になった台詞↓

>「常陸に流されていた佐々木道誉はいつのまにか京に舞い戻ってきて」というナレ

ちょ・・コラ、待て待て待て待てぇい!!!( ゚д゚)ポカーン

さすが時代考証を永原慶二氏が担当してるだけあって、直義と尊氏の考え方の違いがきちんと定説に基づいて上手く盛り込んであって唸りました。結局ニ統体制敷いちゃったのが争乱の元なんですよね。尊氏はもう北条潰したし、直義がしっかりしてるし、あとは任せて楽しい老後ライフだヽ(´▽`)/なんて暢気に考えていたようですが、甘い、脇が甘すぎる。英語で言ったら「スイーツ」だ!

>兄上は感情に任せて物を言い過ぎる

弟にこんなこと言わせないであげて尊氏よ。仮にも「征夷大将軍」なんだからさ。

まったく尊氏って奴は・・・ホントしょうがねぇなぁ┐(´-`)┌

ラストスパートでついに「太平記」も「炎立つ」のような泥沼権力争いが勃発してワクワクドキドキ楽しくなってきました。合戦は完全に使いまわしでCGも時々微妙(NHKってホントCGの使い方下手ね)、登場人物が多すぎていつのまにかいたり、いなくなっていたりってのが結構多いですが(伏線の回収は「風林火山」のほうが上手かったな)、概ね笑って許せる範囲内です。「笑って許せる」これが大事なんでしょうね、大河には。尊氏の情緒不安定な性格も笑って許せるおかしさです。

あとラスト2巻です。もう楽しくってしょうがない(≧∇≦)

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大河ドラマ『炎立つ』を観る -第14話-

後三年の役 -華麗なる清原一族の仁義なき遺産争奪戦-

前九年、後三年の役は何度も言いますように大変マニアックな題材です。戦国マニアは数多いれども前九年後三年マニア、あるいは奥州藤原氏マニアなどには私まだ出会ったことがありません。つまりなじみの大変薄いテーマなので、多くの視聴者にはとっつきにくいことこの上ないと思います。また歴史ドラマと言うとどうしてもある程度知識が必要になり、初心者の方には敷居が高く映るかもしれません。でも大丈夫です。「後三年の役」とご大層に銘打ってはおりますがなんのことはない、要は『清原家の遺産相続争い』と思って頂ければ十分なのです。父親の遺産を巡って兄弟親族が争いあう・・・・どうですか?昼ドラあるいは火サスの匂いがしてきませんか?時代は違えどやってることは今も昔もそんなに変わりはないってことですね。ただその果てに「軍事力が導入」されるのが昔のスケールのでかいとこなんですね。というわけで遺産相続に絡む、主な登場人物をおさらいしておきましょう。

清原武貞(名高達郎):清原家の棟梁。父武則から家督を継ぎ、「鎮守府将軍」の座につき、東北一帯を治める権限を持つ。病をわずらい死の床につく。

結有(古手川裕子):武貞の側室。前九年の役で殺された藤原経清の妻で、その後武貞の妻となる。家衡の母。武貞の正室は既に死去しているため、実質的に彼女が正妻扱いである。

清原真衡(萩原流行):武貞の嫡男(正妻の子)。父武貞に代わって日々の政務を取り仕切っている。今のところ家督継承の最有力候補だが、40歳で未だ子がなく、家督を継いでも不安が残る。

清原家衡(豊川悦司):武貞と結有の子。跡目候補としては2番手だが、真衡に子がないため、真衡の養子となって跡目を継ぐ可能性もある。家督相続に野心を燃やす。

清原清衡(村上弘明):結有と彼女の前夫藤原経清の子。武貞の養子となってはいるが今回の家督争いに関しては基本的に蚊帳の外。しかしその裏で藤原家再興を目論み、虎視眈々と機会を窺っている。

吉彦秀武(蟹江敬三):武貞の父、武則の従弟で武則の娘婿(ややこしいなsweat02)。その濃い血縁から、親族の中でも発言権が強い。真衡が親族を遠ざけて、一族内で独裁権を強めていくことに不満を抱いている。後三年の役のダークホース。

上記を踏まえて、ではめくるめく泥沼遺産相続バトルを見ていきましょう。

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第14話 -策略-

清原家の当主、武貞の容態悪化にともない、清衡・家衡はじめ、各地の親族連中がどやどやと胆沢の館に集まってきました。誰の目にも武貞の命が長くないことは明白です。となると俄然注目を集めるのが「跡を誰が継ぐのか」ということなのです。武貞には3人の子供がいます。長男は死去した正妻の子、真衡(萩原流行)、次男は側室の結有の連れ子で養子にした清衡(村上弘明)、そして3男が結有との間に生まれた家衡(豊川悦司)です。長男の真衡は父に成り代わって政務を取り仕切っている関係上、跡目はすんなり真衡に決まるかと思えば、実はそうでもないのです。真衡はすでに40歳、しかし彼には子供がいません。もし跡目を継いでもその跡を継がせる子供がいない。また真衡は武貞の正妻の子ですが、既に正妻は死去。今は清衡・家衡の母結有が実質的に正妻となっています。なので跡目は末弟の家衡にも十分チャンスがあるのです。家衡としてはなんとしても父から自分に有利になる遺言を聞きだそうとするのですが、真衡がそれを防ぐために親戚連中共々控えの間に留め置かせたのです。当主気取りの真衡の行動に家衡だけでなく親族の吉彦秀武(蟹江敬三)や清原武衡なども不満を顕わにしています。もうみんな誰を跡目にさせるか、それだけに集中していて誰も武貞のことを本気で心配なんかしてません。可哀想な武貞。ま、でもしょうがないですね。人間ってそんなもんですからcoldsweats01

さて、水面下で熾烈な跡目争いが繰り広げられている中、1人蚊帳の外なのが主人公の清衡です。武貞の次男となってはいますが、藤原経清の子である清衡。当然、武貞の血を引く2人の子を差し置いて跡目を継げるわけがありません。とりあえず一族のバトルを静観する方向です。中立状態の清衡は周りの人間にとっても「脅威」ではなく、むしろ蚊帳の外ゆえになんでも話せる「頼れる味方」と映ったようです。弟の武衡からは「兄者、兄者」と頼られ、また兄の真衡からも「お前を味方だと思ってる」なんて感じで言われて、どうしたものかといささか困り気味です。で、そんな中、ついに父武貞が臨終を迎えます。遺言はなく、家衡の目論みは完全に外れてしまうのでした。

葬儀の準備やら家督争いやらでドッタンバッタンしている中、清衡は長兄真衡よりある重大な作戦を聞かされます。

その秘策とは「夫婦養子」。先述のように真衡には子供がいません。家督を継いでも子供がいないのでは家衡側につけこまれる隙になります。真衡はその対抗策としてなんと娘と息子を同時に養子として迎え、その2人を夫婦にしてしまおうという奇抜な策を思いつくのです。息子に迎えるのは、かつて出羽守を務めた平安忠の子、成衡。そして娘には前陸奥守源頼義の子、岐己(きみ)。つまり平氏と源氏の子供をゆくゆくは清原家の跡目に据えようということなのです。これはかなり大胆もとい危険な策です。武貞の血をひく家衡や吉彦秀武などの親族を差し置いて、まったく関係の無い人間が清原の家督を継ぐということですから、それがいくら真衡の子であるとしても一族の者からしたら到底受け入れられるものではありません。

このコペルニクス的逆転の発想に清衡も吃驚仰天。すぐにこの事を大叔父の乙那や母の結有に知らせます。皆揃って吃驚仰天。で、結有は「家衡にも知らせねば!」と急いで部屋を出て行こうとしますがそこで清衡に止められます。清衡は以前から疑問に思っていた結有の家衡への偏愛ぶりを指摘し、結有に自分と家衡の選択を迫ります。結有は「兄弟が力を合わせて」ともっともらしい事を言いますが、これは難しい事です。家衡は清原の子。清衡は藤原の子です。もし清衡が藤原、ひいては安倍氏を再興させた時、当然敵の子である家衡は厄介な存在になるのです。場合によっては殺す可能性も出てくる。となると結有の家衡可愛さの言動は、かつて納戸で交わした母子の壮絶な誓いの妨げとなるのです。乙那や清衡から責められた結有は「そなたがそんな子とは思わなかった!」と支離滅裂な事を言い捨てて、その場を後にしてしまいます。結有の盲愛ぶりには、見ているこちらもとまどってしまうのですが、それは清衡とて同じ思いのよう。一体何が起こってしまったのでしょうか。乙那がポツリとつぶやきます。

「結有は変わってしまった・・・。」

歳月が人の心を変えてしまったのです。あれほど清原憎しの情を滾らせていた強い母が、今では敵の血を引く我が子のみに執着する愚かで弱い母に変わってしまった。こんなに簡単に変わってしまうものなのか・・・・人の心の脆さを感じる瞬間です。

肝心の結有が役に立たないとわかると、乙那は清衡にある提案をします。

「源義家殿と手を組む気はないか?」

源義家・・・清衡の父、経清と漢の友情を交わした、御存知、愛と正義のハンサム侍、八幡太郎義家様です。父の頼義は既に死去しており、この頃には名実共に源氏の棟梁となっていました。義家が悪い奴ではないというのは第1部から見ている我々は知っていますが、しかし清衡にとっては父をのこぎり引きにしたにっくき敵の子、無論無理な話です「冗談言わないでくださいよ!」と速攻拒否です。一体乙那は何言い出すんだ?と心外な顔つきです。乙那はそれ以上何も言いませんでしたが、まだ何か含むところがあるようです・・・・。

そうこうしている内に、遺産バトルは白熱していきます。真衡は一族連中を集め、皆の前で父武貞の葬儀を3ヶ月後にすることを発表します。鎮守府将軍である父を弔うため、都からも公家の方々を迎えるため、準備等に3ヶ月置くというのです。同時に夫婦養子の件を伝え、葬儀と一緒に養子2人の婚礼の儀も執り行うことも伝えるのです。思いもかけない先制攻撃に、家衡側は成す術がありません。葬儀が3ヵ月後、つまり向こう3ヶ月は喪中ということです。喪中に争い事は御法度です。挙兵なんぞしたら悪いのは完全に挙兵した側、これでは家衡達はいくら真衡を廃したいと思っていても手も足も出せません。苦々しい顔で平伏する家衡はじめ一族連中たちを見下ろして、水戸黄門の越後屋ばりの悪そうな顔でにやりと笑う真衡もとい萩原流行。イロモノカウボーイ野郎かと思いきや、なかなかやるじゃねぇか!というわけで第一次遺産相続合戦は真衡に軍配が上がりました。

時はちょっとだけ流れて、ある日の江刺の清衡館。久しぶりに大叔父の乙那が清衡を尋ねます。突然の大叔父の来訪にも嬉しそうに応対する清衡。人の良い感じが出ていますね。(贔屓目かしら?coldsweats01)さて、来て早々乙那は清衡に「義家殿を連れて来てるんだnote会ってみてよ」と、とんでもない事を言いやがったのです。清衡は愕然。「ムリ!絶対絶対ムリ!」と拒否る清衡を「まぁまぁ。もう来ちゃってるんだしさtulip」とかいって無理やり引き合わせようとする乙那。しぶしぶ客間に足を運ぶ清衡でしたが、やはり積年の憎悪忘れ難し・・・とうとう扉の前でおもちゃ売り場の幼児が如く、必殺座り込み皆を困らせさあどうなるの!というところで次回持越しです。

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いつの間にか五月になっちゃいました。暖かくてあちこち遠出していたらブログの更新が滞りがちです。もっと頑張らねば・・・・。

はてさて炎立つ第2部、なかなか泥沼化してきましたね。皆の欲望がドロッドロに渦巻いています。逆にここまでドロドロだといっそ清清しいくらいです。段々楽しくなってきています。中途半端に良い子ぶりっ子一杯のドラマよりもこっちのほうがより人間臭くって個人的にはこういうの好きですねshineキャラも一人一人すごく立っているのでドラマにメリハリが効いてるんですよね。45分あっという間に過ぎていきます。役者さんの演技も安定しているので、安心してドラマの内容に集中出来ます。安定感、やはりこれが時代劇、特に長丁場の大河ドラマには必要不可欠な要素な気がしますね。

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