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大河ドラマ『炎立つ』を観る -第15話-

第1部で活躍していた佐藤慶、里見浩太朗などの大物俳優が去り、第2部ではトメになんとと佐藤浩市が入ってきています。多分佐藤浩市さんは今の年齢から逆算するとこの頃はまだ30代後半だったのではないでしょうか?この年齢でトメとはなかなかのものです。メンバーも一気に顔ぶれが変わり、ちょっとだけ若返りが見られる第2部ですが、それでドラマの雰囲気が軽くなるわけでは全くなく、むしろどんどんシリアスでダークに向っていっています。それは村上弘明さんをはじめとする役者さんの演技がしっかりしているからなんですね。前回の時にちょろっと書いたのですが、清衡にしろ、家衡にしろ、結有にしろ、キャラクターの性格や行動に対してハラハラドキドキはするものの、それを演ずる役者に対して視聴者は「全く不安を覚えない」、これが最近の大河と昔の大河との大きな違いだと思います。視聴者は基本的に役者の演技に信頼を置いているので演じているキャラクターにのみ注目することが出来ます。だからドラマにも入っていきやすい。最近は役者の演技を心配してしまう事が多く、演じているキャラを見るというより、ちゃんと演技しているかをまず見る、ていうに風になっちゃってることが多い気がします。安心してドラマに入り込む』ことが出来なくなっている・・・これも大河の質の低下を招いている一因のような気がします。安心出来る大河ドラマが見たいものですね。

そんなわけで安心できる役者による、安心できないストーリー『炎立つ』第15話を見ていきましょうnote

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第15話 -亀裂-

前回、宿敵源義家(佐藤浩市)の来訪に心乱れ、会いたくないと座り込みで拒否った駄々ッ子清衡(村上弘明)は、大叔父の乙那(寺田稔)に「何馬鹿やってんの!?」と怒られしぶしぶ義家の前に連れていかれました。

義家は第13話で父頼義と共に陸奥を後にして以来、ウン十年ぶりの来訪です。その間、主に都でお勤めに励んでいたのですが、公家にゴマするのがほとほとウンザリしたようで陸奥に来られたことにご満悦です。なんとかしてまた陸奥守になりたいなぁとつぶやく横で乙那が「じゃぁお金ばら撒いてなんとかしてみましょうか?」と持ちかけると、義家も「え?いいの?マジで!」と満更でもない様子。う~ん恐るべし乙那。前九年・後三年の役の黒幕は実は吉次一族じゃなかろうか・・・・wobbly

そんでもってかつて尊敬の念を抱いていた藤原経清の息子を前にして、顔を合わせることが出来た事を素直に喜んでいるようです。暖かい言葉をかける義家に対して清衡は「別に・・・」と女王様モードで答えて場の空気が凍ります。義家は清衡の心中を察して特に怒るようなことはしません。席を外そうとする清衡に、一振りの刀を渡します。それはかつて義家が経清と男の友情の証に取り換えっこした刀でした。「これは経清殿の刀。息子であるそなたが持つべきだろう」、父の刀を託された清衡は敵だと思っていた男が実は父と心通わせていた事を知り、目を丸くするのでした。

義家が陸奥に来たのは真衡の夫婦養子の婚儀に出席するためです。前回、真衡が夫婦養子という大胆な策を思いついたことを紹介しました。その夫婦養子の養女として白羽の矢が立ったのが、岐己(きみ)と言う源頼義の娘なんですね。源頼義・・・・そう!佐藤慶、義家のお父さんです。つまり義家の妹が真衡の養女になっちゃうんです。この唐突に現れた岐己という女性。一体どこから出てきたんだ?とこれを読んでる皆様はかなりポカ~ン・・とされてることと思います。第13話で清原氏に奥州の実権を奪われちゃった頼義親子はションボリな体で奥州を後にしたのを覚えているでしょうか。その途中、常陸国の多気致幹(たけむなもと)という豪族の屋敷に逗留したんですね。致幹は前九年の役で名を挙げた源氏の威光にあやかろうと自分の娘を頼義の一夜の伽に差し出すわけです。その時こさえた子供が岐己なのです。ずっと多気の屋敷でひそかに育ててたので義家も直前になってその事実を知りました。妹の存在を聞かされて吃驚です。「マジで!だって親父あの時もう70前後だったじゃん?!」、いやはやお父さん頑張りました。高齢化社会の現代においてはなんとも勇気付けられる話ではないですか。年齢じゃないんです!要はやる気なんですcoldsweats01そんなわけで、はるばる奥州の地に来た義家は、真衡の館で初めて妹と対面します(これもスゴイ話だなcoldsweats02)。岐己(高橋ひとみ)は幸いなことにお父さん似ではなく(笑)、お母さん似でとっても可愛い妹です。義家はそんな妹に「父上にも会わせてやりたかった・・・」などととっても優しい言葉をかけて妹も「兄上様!」なんて言ってヨヨと泣き崩れます。最近ドロドロした話が続いていたのでこの兄妹の再会は一服の清涼剤のように爽やかで涙そそる良い話です。さすが愛と正義の八幡太郎義家様です。好感度上げるとこわかってますね。

真衡の館には義家をはじめ、都から続々と人が集まり、父武貞の葬儀、そして夫婦養子2人の婚儀に向けて着々と準備が整えられてきています。面白くないのは家衡(豊川悦司)や吉彦秀武(蟹江敬三)などの反対派の面々です。喪中のため表立って真衡に対抗することが出来ず、このままでは真衡の家督相続と夫婦養子で決着してしまう勢いです。まだ若い家衡はフラストレーションを溜め込みイライラしっぱなし。母の結有(古手川裕子)はそんな危なっかしい家衡を「時が来るまで辛抱しなさい」とたしなめます。豊川悦司さんはこの当時はまだ無名に近く、このドラマ出演以降名前が売れていくのですが、所謂『苦労を知らない甘ったれ我侭小僧』という雰囲気を存分に出していて、もう一目で「あ、コイツは駄目だな」と思える糞餓鬼っぷりを見事に演じています。時代を先駆けて『キレる若者』を演じるトヨエツの演技もこの第2部の見所です。

さて、奇しくも清原氏と親戚関係になろうとしている義家にとっても、夫婦養子というアイデアは理解の範疇を超えていました。血の繋がった兄弟もいるのに何故こんなことを・・・そう尋ねる義家に対し真衡は答えるのです。

「自分の代で俘囚と言われ蔑まれていた清原の血脈を断ち切りたい。」

どんなに富や権力を得ようとも所詮俘囚は俘囚でしかありません。そんな侮蔑の対象にしかなりえない自分たちの血を洗い流すには、蝦夷の縁をばっさりと断ち切り、天皇家の系譜を引く源氏と平氏を迎えることが一番良い、そう真衡は考えています。これはこれでなかなか斬新かつ考えさせられる意見です。ただこの考え方は翻せば「まつろわぬ民」と称された蝦夷の血を引く俘囚が、完全に大和朝廷に屈するということでもあります。これは大和朝廷とは一線を隔し、奥州の地に新たな国を作りたいと願っていた安倍氏や吉次一族などの思う俘囚の生き方とは全く相反する考えでもあるのです。朝廷の目の届かない周縁の地だからこそ、今まで俘囚と侮られながらも一定の「自立」を保ってこられた。果たして多くの俘囚がそれを受け入れることが出来るのだろうか・・・・義家はそんな真衡の思惑に危うさを覚えます。真衡と別れ、自室で子飼いの家臣に呟くのでした。

これは身内同士の争いになる・・・・。

義家の危惧したとおり、身内同士の争いはついに抜き差しならない状況になっていきます。婚礼の祝いにと吉彦秀武が砂金を山盛りにお盆に乗せて献上しに参りました。親族筆頭の秀武としては真衡のやり口に不満であっても、一応祝いの席なので儀礼は尽くさねばならぬと思ったのか、はたまた砂金を渡す事で自らの力を真衡に知らしめたかったのか、とにかく慇懃な態度で庭先に廻って面会する秀武。しかし真衡は縁側で知り合いの僧侶と碁にいそしんだまま、庭先で平伏する秀武を見ようとはしません。「え?何しに来たの?貴方に招待状なんて出してないよ。」的な感じで完全にガン無視する真衡の態度に、秀武はとうとうプッツンキレちゃいます。砂金を地面に叩きつけ、頭から湯気でも噴出すような憤怒の様相で帰っていきます。その様子に真衡はニンマリ。どうやら真衡にも何か思うところがあるようです。

公衆の面前で虚仮にされた秀武は怒りに怒ります。すぐさま家衡と清衡の元に向かい2人に向って「俺はもう怒った!兵を挙げるゾ!!」と宣言するのです。秀武の挙兵宣言に同じくらいイライラの溜まっていた家衡も興奮気味に賛同します。その横でどうしてよいかわからなくって目が泳いでいる清衡。はてさて一体この争乱はどう終結に向っていくのでしょうか?

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だいぶ更新が遅れてしまいました。申し訳ないことです。

さていよいよ次回から合戦が始まるわけですが、真衡役の萩原流行さんが良いですね。いかにも「悪い奴」って感じが出てて。このドラマはキャラの色付けにメリハリが効いていて、別に後三年の役なんて知らなくても「あ、こいつ悪い奴だな」とかがすぐにわかってある意味分かりやすい気がするんですよ。歴史は見方によって様々な捉え方が出来るので単純に「悪役」「正義の味方」みたいな図式にするのは良くないことだと思うんですけど、「悪に徹しきる」というスタンスも逆にそれはそれで潔く、カッコよいと思えることもあるんです。佐藤慶さんの源頼義なんて経清から見ればホント「悪い奴」なんですけど、迷いなく悪に徹しきっているから腹も立ちますがカッコよくも見えちゃうんですよね。こういうキャラ設定なら決してその人物を貶めているとは言わないと思うんですがどうでしょう?

「悪い奴だったけどでもホントは良い奴だった」てのももちろんいいんですけど、全部が全部そうだと逆にうっとおしいなぁ・・・なぁんて思ってしまうときもあるんです。最近って何かにつけて「実は良い人」パターンでしょ。なんか作り手が逃げてる気がするんです。批判が怖くて悪を描ききるって「強い信念」がないから、実は良い人で済まそうとしている雰囲気を感じるんですよね。カッコいい悪役ってのも素敵だと思うんだけどなぁthink

最後に1つ中世豆知識をchick

昔読んだ本に書いてあったのですが、中世という時代は『帽子の文化』dramaなんだそうです。成人男性は一般的に烏帽子を被るのが当たり前で、よっぽどのことじゃないと帽子を脱がなかったそうです。時代が下るとその規制も緩んできたみたいですが、『炎立つ』の時代は寝ているときも帽子を被っていてもOKだった模様。ドラマでも清衡が寝室で亡き父の刀を抱いて思いに耽るシーンがあったのですが、そのときの清衡の格好が寝巻着なのに烏帽子はしっかり被ってて、現代人から見るとスゴク変なんですね。でも当時の風俗的には別にOKなんだとか。所変わればなんとやらとはよく申しますが、時代の価値観というのも不思議なモンですね。しかもそんな変な格好で外に飛び出しちゃったりするからもう・・・coldsweats01 ま、でもそんな村上弘明さんも良いです。村上さんはいつだってジェントルマンです。だから何着たって私は許すゼbleah

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